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2010年

2010年06月22日
創薬分野での蛍光寿命計測フローサイトメトリー技術を確立
-世界で初めて蛍光寿命により生細胞中での薬剤反応を正確・迅速に計測-

三井造船株式会社(社長:加藤 泰彦)は、効率的に新しい薬の候補となる化合物を見つけ出すための手法に、当社の蛍光寿命計測フローサイトメトリー(*1)技術が極めて有用であることを確認しました。従来は基礎研究分野に特化していましたが、今後、創薬研究分野での展開を図るべく、システム化と装置の最適化を行います。

新しい薬の候補となる化合物を探し出すこと(以後スクリーニング)は、薬の開発にとって重要な研究プロセスです。従来、このスクリーニングでは細胞や組織をすりつぶして取り出したタンパク質が使われ、試験管の中でそれらタンパク質が新しい薬の候補となる化合物に対する反応状況を計測し、新しい薬の候補となり得るかを判断していました。
このような、細胞や組織から取り出したタンパク質を使い試験管の中で行う方法では、化合物がヒトの体の中とは異なる挙動を示す場合がしばしばあり、スクリーニングの精度が低下してしまうことが懸念されています。そのため、よりヒトの体の中での反応に近い条件でのスクリーニングの方法が求められてきました。
こうした中で、生きているヒトの培養細胞を使い、細胞中のタンパク質の結合や解離(タンパク質相互作用)を検出するFRET(*2)という手法をスクリーニングに適用すれば、より、ヒトに近い条件でスクリーニングを行うことができると期待されています。しかしながら、従来の蛍光強度のみを計測したFRETの計測では正確さやスピードの点で問題があり、本格的な創薬研究現場での使用には到っていませんでした。

今回、三井造船の蛍光寿命フローサイトメトリー技術により、生きているヒト細胞中での薬剤反応に関する用量-反応曲線(以下ドーズレスポンス)を、正確かつ迅速に得られることが確認できました。ドーズレスポンスは、化合物とタンパク質の親和性を計測することで、その化合物の量的な作用を定量的に評価できるので、スクリーニングにおいて重要なデータとなります。

ドーズレスポンスに関するデータ取得の一例として、今回は、ガン細胞の活動を抑制すると考えられる化合物の濃度(薬剤濃度)を変えて生きた細胞に作用させ、培養細胞中でのFRETの変化を蛍光寿命計測フローサイトメトリーで計測し、薬剤濃度に応じたFRETに由来する蛍光寿命の変化を計測しました。これにより、生きた細胞中のタンパク質相互作用にもとづく化合物の量的な作用を蛍光寿命計測フローサイトメトリーにより極めて正確に評価できることが確認されました。

また、顕微鏡を用いた従来の手法では、100細胞を計測するのに半日~1日かかっていましたが、蛍光寿命計測フローサイトメトリーを用いることで数万個の細胞をわずか10秒以内に計測することが可能となりました。

これらの結果は、蛍光寿命計測フローサイトメトリー技術が、FRETによる生きている細胞中での薬剤反応評価を、正確かつ迅速に可能にすることを示しており、さらに、今後、発展すると考えられる【生きた細胞による薬剤反応評価】に有効な計測技術であることを証明したものです。詳しい研究内容は2010年6月26~27日に東京慈恵医科大学にて開催される日本サイトメトリー学会学術集会第20回記念大会にて発表させていただきます。

*1 蛍光寿命計測フローサイトメトリー:蛍光寿命とは蛍光色素へのレーザー照射を停止してから蛍光強度が弱まっていく速さを規定する定数。通常の蛍光色素は、ナノ秒(10億分の1秒)オーダーの極短時間の蛍光寿命特性を有する。蛍光寿命フローサイトメトリーとは蛍光染色された細胞を1粒子毎に高速に流しながら細胞にレーザーを照射し、発生した蛍光の強度と寿命を同時に計測する装置で、世界に先駆け三井造船が開発した。調べたい細胞を目的に応じて蛍光染色しておけば、1秒間に数千個のスピードで各々の細胞について蛍光強度と蛍光寿命を計測し統計的に分析する事ができる。 

*2 FRET(蛍光共鳴エネルギー移動、Fluorescent Resonance Energy Transfer):レーザー照射を受けて蛍光を発する蛍光色素(ドナー色素)から他の蛍光色素(アクセプター色素)へ励起エネルギーが移動する現象。バイオサイエンスの分野では、細胞内で起こるタンパク質間の結合・解離やタンパク質の構造変化を検出できる手法として利用される。上記エネルギー移動が起きる距離は数ナノメートル(nm)のオーダーであるため、計りたいタンパク質同士の距離が近づいたときにFRETが発生するように蛍光染色を工夫し、細胞中での微小なタンパク質間距離の推定や、生きている細胞の中でのタンパク質間の相互作用を検出することができる。FRETが発生すると、ドナー色素のエネルギーがアクセプター色素に奪われ、極短時間の蛍光寿命がさらに短くなることが知られている。そのような蛍光寿命の変化を読み取ることでFRETを正確に検出することができ、その発生度合いも定量的に計算できる。従来の蛍光強度のみを用いたFRET計測では、正確さやスピードの点で問題があったが、蛍光寿命計測を併用することで、正確なFRETの計測が可能となった。また、蛍光寿命フローサイトメトリーを用いることで、高速に1細胞毎のFRET情報をより正確に測定し、解析することが可能となった。

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